1998年2月16日〜2月23日

古谷道生 「生彩土器」展






遥か……はるか昔、

土器はどのように造られ、焼かれていたのだろうか?

古谷氏の、この長年の想いを叶える為に

私たちは昨夏、インドネシアへと旅立った。

―灼熱の強い太陽が照り付けるなか、人伝にやっとの思いで

小さな土器村へ辿り着いたのは、島に到着してから一週間後のことであった。

部落では、幼い子供たちが土をふるい、女性たちはロクロも使わずに

膝の上で大きな叩き壺を成形していた。

そして神に祈りを捧げながら、藁と籾殻のみでの野焼である。

その見事なまでの手捌きや焼成技術は、単純極まりない方法ゆえに

まるで魔術の如くに思え私たちを驚かせた。

数日間の滞在中に土器造りから焼成までを体験した古谷氏は、

その技法を元に新たに窯を築き今までにない作品を造り得た。

不思議な光彩を放つその作品に触れていると

底知れぬ”焼締の秘力”を感じるのは私だけであろうか。

―「古代土器と現代信楽との融合」―

今回限りの発表とのことです。

御高覧いただきたく御案内申し上げます。


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 1998年5月25日〜6月5日


建築家 白井晟一書展
 





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 1998年6月10日〜6月26日


安藤義茂展
 




芸術家としての理想を貫くため、

その高い精神性から自らを行者とし、

晩年には画壇との交渉を断ち、制作へのひたむきな情熱に

生命を燃焼した安藤義茂。

東京での10年ぶりの展覧会です。


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 1998年10月6日〜10月16日


井上有一書展
 




墨をたっぷり含んだ筆をつかんで

わたしは紙に文字を書く


それ以外にわたしは何も考えない

それ以外の一切はわたしには用はない


一体わたしはそこに何を求めようとするのか?

いや、求むべきなにものもない

一切を捨てるだけである


だが、ここには

捨てきれぬその日その日の

凡俗な姿が並ぶだけである


有一

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 1998年10月21日〜10月30日


会津八一画賛展(文人展V)展
 




まめがきを あまたもとめて ひとつづつ

      くひもてゆきし たきさかのみち 
 
秋艸道人



新薬師寺から石切峠に至る街道を滝坂の道という。

この付近は春日山原生林の深い木立に覆われ、

数多くの石窟、石佛が遺されている。

学生の頃、大和の古寺や古佛との出会いを求めて散策したときに

よく訪れた思い出の古道である。

その旅に必ず手にしていたのが会津八一の歌集『鹿鳴集』だ。

そして、道すがら東大寺大佛殿、唐招堤寺、新薬師寺などに

建立されている秋艸道人の彫塑的で芯の強い書体の歌碑を見るのも

楽しみの一つだった。

陽もやわらぎ、滝坂はもうすぐ紅葉で彩られるだろう。

渓流沿いの石畳を吹く風は昔も今も変わっていない―